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高知地方裁判所 昭和41年(わ)386号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ罰金二五〇〇円に処する。

被告人等においてその罰金を完納することができないときは、それぞれ一日、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人両名の負担とする。

理由

(本件犯行に至るまでの経緯)

一  昭和三六年一二月、高知県議会において、「医科大学のない高知県における県立中央病院は、医療の中枢的指導的役割を果たすべきであるから、一般病床三〇〇床以上を含めて、五〇〇床程度の規模を目途として、鉄筋コンクリート建に改築すると共に、検査施設等の格段の充実をはかり、さらに精神・神経科、整形外科等の診療科目の整備をすることが必要である。また県立中央病院横浜分院(通称三柏園、以下三柏園と称する)については、病院経営の合理化の見地より中央病院の整備にあたり、これに吸収合併せしめることが適当である。」との旨の県立病院対策特別委員長報告が承認され、これを受けた高知県当局は、同県病院局が中心となって、高知市中島町所在の同県立中央病院(病床数二二四床、うち結核病床数五六床)を同市桜井町へ移転新築したうえ、結核専門病院である同市横浜所在の三柏園(病床数一三〇床)を廃止して新中央病院(病床数三五三床)に統合する計画を立てて作業をすすめ、昭和四一年八月末新中央病院が竣工したので、その頃、同県の医療整備審議会の答申を得て、旧中央病院五六床、三柏園一三〇床合計一八六床の結核病床のうち、五〇床を新中央病院六階東側に設け、残り一三六床を疾病構造の変化に伴ないガン等の特殊病床へ転用する旨決定し、三柏園の入院患者(当時約二二名)を新中央病院に転院させると共に医療器具などを同病院へ移送することとした。

二  このような推移に対し、高知県下の入院患者及び在宅患者等によって組織された結核知識の普及や療養条件の改善向上ないしは患者並びに回復者の生活の安定向上等を目的とする団体で被告人両名が副会長をつとめている高知県患者同盟(以下県患者同盟と称する)は、そもそも前記委員長報告及び県当局の右計画推進は県内における結核の実情を無視し国の医療合理化低医療費政策に迎合盲従したもので結核患者に根本的な不利益をもたらすものであるとの見地に立ち、三柏園は自然環境に恵まれ結核療養所として最適絶好の場所であるからこれを廃止するのは不当でありあくまで存続維持してそれ自体を整備すべきこと、結核病床の減少は結核患者の医療を困難にするから従来の病床数である前記一八六床を確保すべきこと、新中央病院は三柏園に比し医療看護体制及び設備等の点においてかなり劣るうえ病室料のいわゆる差額徴収も行なわれ患者負担が増加するのでこれを改善すべきこと等を主張して、強く反発し、なお三柏園の入院患者等も昭和四一年三月県議会に対して同園の存続方を請願した。そして、県患同盟は、県当局と交渉を重ねていたところ、県当局において、昭和四〇年一二月頃には三柏園は廃止するけれども結核病床を前記の一八六床から減少させることなく新中央病院に設置する旨の意向を示していたのに、昭和四一年一月の交渉ではこれを一三〇床に、同年八月上旬の交渉では九八床にそれぞれ減少させる方針を示し、更にその後間もなく前記のとおり最終的に五〇床とすることを決定したため、三柏園を廃止したうえに結核病床を右のごとく大幅に縮少することは結核医療行政の著しい後退であり、現に同園に入院中の患者の療養にも支障を生じ、到底容認できないものであるとして、その頃、県患同盟の役員、三柏園入院者の患者会を含む県下の各患者会の代表等で構成する「三柏園問題対策委員会」を設置し、「三柏園を存続せよ」「結核病床数を減少させるな」「新中央病院の設備、構造の不満点を改善せよ」「差額徴収病床を撤廃せよ」等を主たる要求項目にかかげて、同年九月二四日以降県当局並びに県立中央病院当局と頻繁に交渉を重ねるようになった。

三  しかし、県当局は、当時の立場上県患同盟の右要求には容易に応じ難く、前記三柏園存続の請願が同年七月不採択となり、新中央病院も竣工したことから、同年九月二二日に前記の三柏園からの転院及び移送を実施すべく準備をすすめ、当時の患者二二名中、八名に当日新中央病院に移ってもらったが、残余の一四名が転院に同意しなかったため、当日における移送の完全実施ら見合わせざるを得なかったものの、同年一〇月一三日の県議会において三柏園を廃止する旨の「高知県立病院及び診療所設置条例の一部を改正する条例」(以下本件県条例と称する)が議決成立し、それが同年一一月二日に公布され即日施行されるはこびとなったことにより、大原病院局長を中心にして、前記交渉の場で、県患同盟に理解を求めたり、入院患者に対して、直接或いは親族等を介して新中央病院へ転院するよう説得活動を続けたりし、更に県立中央病院長、横浜分院長(以下三柏園長と称する)の連名で同年一〇月二六日に、「三柏園は一一月二日限りで廃止されるから、それまでに新中央病院に移ってもらいたい。他の病院に転院希望者は一〇月三一日までに中央病院に申出てもらいたい」旨、同月二九日に「一一月三日以降は、三柏園は医療法第一条の病院又は診療所に該当しなくなり、一切の医療行為ができなくなるから、至急に希望する病院等につき申し出てもらいたい」旨の各文書を三柏園入院患者に送付して、鋭意転院移送の完遂を目指した。

四  ところが、右入院患者中八名のものは、県患同盟の指導のもとに、右県当局の申し入れは診療契約の内容の変更であって契約当事者である患者の同意を得ずに県当局が一方的にできることではないから、従来どおり三柏園において療養する契約上の権利があると主張して、その旨の文書を県当局に送付し移転に同意せず、また入院患者五名は「三柏園存続のための話し合い、その他の諸問題については県患同盟執行部に一任する」旨の委任状を作成交付して、県患同盟執行部に右交渉方を委任し、県当局との直接交渉には応じない態度を表明した。

五  このように県当局の目指す転院作業の実施が難航するうち、いよいよ同年一一月二日を迎えて本件県条例が公布施行され、同日限りで三柏園が廃止されることとなったことから、県当局は事態の打開に苦慮し、大原病院局長、吉田三柏園長等が三柏園に赴き、その残留患者に「今日限りで三柏園が廃止されるから、新中央病院へ移ってもらいたい、それがいやなら他の病院、特に三柏園と略環境を同じくする第一病院横浜分院への転院を世話する」旨説得したが、残留患者は「そのことは県患同盟に一任してあるから、県患同盟の人が同席している場でなければ話し合う余地はない」と言ってこれに応じようとしなかった。それで同日午後四時頃から県庁副知事室において、副知事、大原病院局長、西村厚生労働部長等が残留患者の処置を検討した結果「あくまで患者を説得して新中央病院へ移ってもらう、しかし明日、県患同盟を中心にしてオルグが三柏園へ来ることが予想され、それ等の人が県当局と患者との交渉に介入すれば、従来の交渉経緯に徴しても到底患者等の同意を得ることはできないことが予想されるのでそのような場合は入院患者以外の者には三柏園外に退去を促し、これに応じないときは、退去命令を出して、それ等の者を構外へ排除したうえで、患者との直接交渉を持つことにする。万一退去命令に従わない者がいた場合は警察官を導入して排除することもやむを得ない」との基本方針を決定し、同日夜関戸県厚生労働部予防課長が三柏園に赴き最終的に残留患者の説得を試みたが、患者等は新中央病院六階全部の結核病床への開放、三柏園を何らかの形で結核療養所として残すこと等を主張して、説得に応じなかった。そこで大原病院局長以下県職員が集まり、前記副知事との協議結果を実施すべく退去命令を出す場合の処置、三柏園内における任務分担(連絡班、説得班、場内整理班)等細部の計画を立て、翌三日にそなえた。

六  一方、県患同盟は、県当局が翌三日には三柏園での治療行為等をやめて入院患者の転院完遂をはかるであろうと予想し、これに対しては、県患同盟独自の立場から及び残留患者からの前記委任に基づき、あくまで転院を拒否したうえ、三柏園の存続及び新中央病院における結核病床数の増加並びにいわゆる差額徴収ベットの撤廃等を要求して県当局と交渉すると共に、同日以降においても県患同盟独自で三柏園における医療行為を続行して残留患者の療養に支障のないようにする方針を固め、民間の医師及び看護婦等を確保し且つ県下各患者会に対し同日三柏園へ支援者を動員されない旨要請し、二日夜、副会長である被告人山本、武田事務局長、その他事務局員約六名が三柏園東病棟二階の病室に泊り込んで、翌三日にそなえ、同日午前七時過頃には副会長である被告人久保等も三柏園に立入って右被告人山本等と合流した。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、県患同盟副会長として前記のような目的で高知市横浜一番地所在の三柏園に滞留中、昭和四一年一一月三日午前八時四〇分頃から、三柏園管理権者である高知県知事名により、病院局長大原良清及び中央病院事務局次長畑中嘉男が、約七回余りにわたって、管理棟東出入口、東病棟前広場、西病棟西端等で「一一月三日午前八時四〇分に、退去命令が発せられました、病院局職員及びその指定する者以外は構外に出て下さい」とのマイク放送をし、且つ病院局職員上谷定生らが同趣旨のはり紙を提示するなどして、退去を要求したのに、これに従わず、支援に駆けつけた県患同盟員約二、三〇名と共に三柏園内に滞留を続け、午前一一時過頃、被告人両名を含む県患同盟員等が、県当局職員等が両手を拡げて立ちふさがって入棟を阻止している管理棟に押しかけて、大原病院局長等に対して、入院患者の医療、給食行為の継続、退去命令の撤回、交渉の継続等を要求したり、県患同盟員等が東病棟東出入口付近で集会を開いたり、午後一時頃、東病棟二階へ入院患者の説得に来た県側職員近藤賢吉、鍵山巌、坂本某等に対して、近藤の肩を突き飛ばしたり、坂本が入院患者の病室へ入るのを四~五名で取りかこんで阻止したり、こもごも「何しに来たぜよ」と言ったりして、追い返したり、また病院局職員上谷定生、中央病院局長横田益喜らが、残留患者幡本美文の病室で同人を説得中、被告人山本が同所へ立入り「話をするには腕章は必要なかろう」などと言いながら、右上谷の左腕の腕章を切り落したり、さらに県当局の要請により午後一時五〇分頃、警官隊約四〇名余りが三柏園正面前に到着したのを知るや残留患者の病室のある東病棟二階の、中央階段登りづめの廊下に、病室の鉄製ベットとマットレスを横倒しにしてバリケードを作り、残留患者を再度説得に来た県当局職員や警官隊の進入を阻止しようとしたが、警官隊が同日午後二時一六分より「病院局長から高知県知事名の退去命令が既に出されています、退去しないと建造物侵入罪又は不退去罪になります」との警告を一〇数回発した後、実力行使する旨の最後の警告をなしたうえ、右バリケードの排除にかかり、その場で被告人両名を建造物侵入罪の現行犯人として逮捕するまで、被告人両名は要求を受けたにもかかわらず故なく三柏園内から退去しなかったものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人の主張

1  生存権の行使による正当行為

三柏園入院患者は、憲法二五条に基づく生存権により、三柏園において引き続き入院して結核の治療を継続し得る権利があり、これを変更するためには、憲法上の権利を変更させるにふさわしい高度の合理的理由がなければならない。しかるに新中央病院の結核病床数、療養条件等は、三柏園のそれと比し、著しく低下しているばかりか、新中央病院における療養条件それ自体も不合理である。従って、三柏園の廃止を定めた本件県条例は右憲法の規定にもとる違法無効なものであり、これに基づいて三柏園入院患者を新中央病院へ転院させることは右生存権への重大な侵害であって、到底許されるべきでない。しかして、県患同盟の役員である被告人両名は、かかる当局側の生存権侵害行為を排除し、患者の憲法上の権利の回復を計るために三柏園に留まったものであって、その行為は正当であり、何らの犯罪を構成するものではない。

2  三柏園廃止に伴う関係医療法規上の手続の違法無効による本件退去要求の違法

(一) 三柏園は、結核予防法、生活保護法及び社会保険各法の各指定医療機関であるところ、これらの指定医療機関を廃止するためには三〇日以上、又は一か月以上の予告期間を設けて「指定の辞退」を通告すべきことが法定されている(結核予防法三六条四項、生活保護法五一条一項、健康保険法四三条ノ一一)にもかかわらず、三柏園については右予告期間内の指定の辞退は何らなされていない。

(二) また、医療法上、患者を残したまま医療機関を廃止することもできない。

以上のとおり、県当局の三柏園廃止に関する一連の手続及び行為が違法、無効なものであるから、県知事の行った本件退去要求は違法なものであるというべく、これに応じなくても罪とはならない。

3  患者の団結権、団体行動権の行使による違法性の欠如

(一)(1) 憲法二八条

県患同盟の組織構成員たる患者は、労働力を売る以外生計手段をもたない者であって、憲法二八条の勤労者にほかならず、同条により団結権、団体行動権を保障されており、ただ一時的に療養関係という特殊な関係におかれているから、その団結なり、団体行動の相手方が療養所の設置、運営に当る行政当局とか医師であるにすぎない。

(2) 憲法二一条一項

また県患同盟の団結権等は憲法二一条一項の集会、結社の保障によっても基礎づけられる。即ち、同条の集会、結社の保障は、弱者運動を基本的人権として憲法的に保障しているところにその現代的特徴と重要性があり、憲法二一条は同法二八条の労働三権に対応する権利を市民運動、弱者運動に保障しているものである。

(3) 憲法の根本理念に基づく団結権、団体行動権

県患同盟の団結権等は、憲法の個々の規定にその根拠を求めなくとも、日本国憲法の根本理念である個人の尊厳、国民の生命、自由及び幸福追求の権利(一三条)人間たるにふさわしい生存を組織する権利(二五条)等から理論上当然に導き出されるものである。

(4) 慣行による団体交渉権

県患同盟は、日本患者同盟の支部組織の一つとして、昭和二八年に結成されて以来、患者の利益を守り、県交渉、県病院局交渉及び病院交渉をかさね、大きな成果を築き、高知県の医療行政・社会福祉行政を発展させて来ており、各関係当局との間に慣行上の団体交渉権を有する。

(二) 被告人両名は以上の患者の団結権により結成され、団体交渉権を有する県患同盟の役員として、県当局と交渉する目的で三柏園内に留まったものであり、違法性がないので、無罪である。

4  患者の三柏園に対する占有権、及び占有権ある患者の委任に基づく交渉権の行使による理由のある不退去

公立病院の入院関係ないし利用関係は私法関係であり、県当局は三柏園における患者との治療契約を一方的に変更することは許されず、患者には、適法に三柏園に留まる権利(占有権)があり、仮にそれが認められないとしても事実たる占有がある。そして被告人両名は、その占有(権)ある患者から、三柏園の存続その他の諸問題について、交渉の委任を受けた県患同盟の役員として、当局側との交渉のため三柏園内に留まったのであり、何ら「故なく退去しなかった」ものではないので、無罪である。

5  実質的違法性の欠如

住居侵入罪の保護法益は、住居の平穏であるところ、本件にあってはその住居の平穏の受益者は明らかに三柏園入院患者であり、被告人等の不退去は、住居の平穏の受益者である患者に対して何ら法益侵害をもたらしておらず、また被告人等の滞留していた場所は、三柏園の東病棟(残留患者のいる病棟)のみであって、県当局の病院施設支配権を完全に排除しているわけではなく、その滞留によって県当局に重大な損害を生ずる可能性もなかったのであるから、法益侵害行為は何らなく、無罪である。

二  当裁判所の判断

1  生存権の主張について

憲法二五条の生存権の規定につき、仮に同条の解釈として、個々の国民に対して直接生存権に関する具体的請求権を与える趣旨と解したとしても、本件県条例は、判示のような目的経緯のもとに、高知県議会において正規の手続を経て成立し、これに基づいて県立中央病院、三柏園が統廃合されるに至ったものであるから、判示のように結核病床が減少しているとはいえ、行政の立場から全体的な考慮をもはらうべき公立病院の性格上、それなりの合理性を具備しているといわざるを得ず、具体的場面における当、不当の問題が残ることはともかく、いまだ患者ないし県民の生存権としての医療を受ける権利を侵害するほどのものであるとはいい難く、従って、本件県条例及びこれに基づく三柏園から新中央病院への転院要請は違法ではないというべきである。即ち

(一) 三柏園入院患者は、判示のとおり、新中央病院への転院が保障され、また新中央病院を希望しないのなら、患者の希望する病院への転院の世話を県当局が申入れていたものであり、また新中央病院の環境、設備、構造、療養条件それ自体が右患者の療養に著しい支障を生じるほどに不合理であることを認めるに足りる証拠はなく、この際特に問題となる地域的環境については、県当局において患者が希望すれば三柏園の近くにあって略環境を同じくする第一病院横浜分院への転院も世話する旨申入れているところであるから、三柏園の廃止は特に入院患者の生存権を脅かすほどのものとはいい難い。

(二) 判示のとおり結核病床数が、旧中央病院五六床、三柏園一三〇床、合計一八六床から新中央病院五〇床に減少しているけれども、これには前記のとおり行政の立場から一応の合理性があるといわざるを得ないうえ、新中央病院が三柏園入院患者を受け入れる具体的準備をしていたことが認められるから、右の減少をもって直ちに三柏園入院患者の生存権を侵害する違法なものであるとはなし難い。

2  三柏園廃止に伴う関係医療法規上の手続についての諸問題

(一) 三柏園の結核予防法等の指定の辞退について

高知県公報抄本、同四八六一号の二頁、同四八六二号の五頁の各高知県告示によれば、結核予防法、健康保険法の指定医療機関である三柏園につき、その指定の辞退の届出がなされたことは認められるが、右の各指定の辞退がそれぞれ法定の予告期間をおいてなされたか否かについては確たる証拠はない。

しかしながら右各法の要求する予告期間を設けた辞退の届出は患者に対して行うべきものではなく、医療機関開設者が各指定機関に対して行うものであり、また予告期間を設けた趣旨は医療機関の指定を辞退することによって直ちにその効果を生ずるものとすると右医療機関において現に診療を受けつつある者及び将来受けようとする者に迷惑を及ぼすおそれがあることを考慮したものである。そこでこれを本件について見るにその各辞退は三柏園開設者である高知県知事が各指定権者である高知県知事に対して行うものであるところ、三柏園廃止計画の現実の作業は県病院局が中心となって同県内部の右各法の主管課であり各辞退届を現実に受取るべき予防課、保険課、厚生課などと連絡を取りながらその作業を進めて来たものであるから、三柏園が廃止されることは右各主管課において予告期間より以前から承知していたものであるうえ、三柏園の入院患者等も三柏園が廃止されることはその廃止の日より八か月以上前から知っており、判示のとおり三柏園存続の運動もなされていたのであるから、仮に本件において一か月以上の予告期間をおかないで指定の辞退届がなされたとしても、現実には何等の支障もなかったことが認められるので右の各指定辞退の手続に前記瑕疵があるとの一事をもってしては三柏園廃止自体は勿論、本件当日高知県知事の行った退去要求を違法となすことはできない。

なお生活保護法関係については、同法施行規則が、指定の辞退の届出(一五条)と病院等の廃止の届出(一四条)を区別して規定し、病院等の廃止の場合は、廃止の年月日をすみやかに届出なければならない旨規定している点よりすれば、廃止の場合は指定の辞退の届出は不要と解せられる。

(二) 医療法上患者を残したまま廃止できないとの主張について

後述4のとおり、三柏園入院患者は、昭和四一年一一月三日以降三柏園に適法に留まる権利を失っているのに判示のとおり県当局の転院説得を聞かずに自ら積極的に三柏園内に留まったのであるから、この様な事情のもとでは、適法に病院の廃止ができると解せられる。

3  患者の団結権、団体行動権

(一) 憲法二八条の主張について

日本患者同盟規約、高知県患者同盟規約によれば、右各同盟は、入院患者、在宅患者並びに回復者等によって組織されるとなっており、その構成員を労働力を売る以外生計手段をもたない者には限っていないのであるから、憲法二八条にいう勤労者の団結権によって結成された団体ということができない。

また仮に同条にいう勤労者の団体と解するとしても、それによって保障される団体交渉その他の団体行動権は、使用者又は将来使用者となり得る者及びそれ等の団体に対してのみ保障されているのであって、そのような関係にない高知県に対しては県患同盟に交渉権団体行動権は保障されていないといわなければならない。

(二) 憲法二一条一項の主張について

憲法二一条一項によって保障される集会結社の自由とは、国民が集会、結社等をなすにつき何ら外部的な圧力、制限等を加えられないという意味であり、自由権の一種としての保障であるから、同条を根拠にして、県患同盟の高知県に対する団体交渉、団体行動権を導き出すこともできない。

(三) 憲法の根本理念に基づく団結権、団体行動権について

憲法の根本理念をいかに解したとしても、そこから当然に県患同盟の団結権、団体交渉権は導き出せない。

(四) 慣行上の団体交渉権について

≪証拠略≫によれば、県患同盟は、日本患者同盟の支部組織の一つとして、昭和二八年に、結核知識の普及と結核の撲滅、療養条件の改善向上、社会保障制度の確立運動の推進等を目的として結成され、それ以来、高知県社会保険病院の設立、結核患者の入退院基準、生活保護者の年末手当の支給、奨学金貸付制度等の事項につき、県知事その他の県当局と交渉してきた事実が認められる。しかしながら右は県当局としては、行政をなすに当り、広く県民から意見を徴する方法の一つとして、県患同盟との話合を持ったものと考えられるので、右事実をもって県当局が県患同盟の交渉要求に必ず応じなければならないとの慣行が成立していたものとは認め難い。

4  患者の三柏園に対する占有権、及び占有権ある患者の委任に基づく交渉権

(一) 患者の在院権利の喪失について

(1) 県立病院は、地方公共団体たる県が、県民の福祉の向上を目的として、設置したものである以上、その点一定の行政目的を有していることは明らかである。しかしながら、これを個々の患者と県立病院との利用関係ないし入院関係について考えるに、それは一般民間病院と患者との入院関係と類似し、行政法特有の支配服従の関係、即ち行政主体たる県の優越的地位に基づき、その入院者等を支配服従させるという関係にはなく、また一般の私法関係とは別個、特別の法的取扱をなす旨規定している法令等も存しないこと等を考慮すれば、県立病院の入院関係は、私法上の契約関係、即ち、病院開設者たる県と入院患者との私法上の契約関係であると解するを相当とする。

(2) ところで右入院契約は継続的契約関係であって、その性質は準委任契約であると解せられる。しかして判示のとおり本件県条例が成立し、昭和四一年一一月二日施行せられた以上県の施設である三柏園は廃止され翌三日以降は三柏園の施設を利用して適法に医療行為を行うことは不可能となったものと認められるのでこのような場合右を理由として三柏園の開設者たる高知県は当時在院する患者に対して入院契約を解除し得るものと言うべきである。しかして判示のような三柏園長と中央病院長との連名の昭和四一年一〇月二六日付の三柏園入院患者に対する文書は入院契約解除の意思表示を含むものと解せられるので、右意思表示の到達をもって同年一一月二日限り入院に関する準委任契約は解除せられ、同月三日以降三柏園内に適法に留まる権利を失ったものと言うべきである。

(二) 入院患者の事実たる占有並びにその占有利益を有する患者の委任に基づく交渉権について

前述のとおり入院患者が三柏園に留まる権利を失ったものと解するとしても、県としては入院患者を三柏園から退去させる何等かの債務名義を有していない以上入院患者を強制的に三柏園より退去させることはできない。右の反射的効力として執行力ある債務名義による強制執行を受けるまでは入院患者は、従前使用していた状態のままで、三柏園を使用することを妨害されない事実上の利益を有している。(以下この利益を占有利益という。但しこの利益はあくまで患者の個々が従前使用していたそのままの状態で三柏園の限られた一部(病室等)を使用する利益であって、入院患者全体が一つの団体となって病院全体を使用するが如き利益ではない。)

また判示のとおり、一一月三日に県が各入院患者に対して転院交渉に来ることが患者等に予想された。右の場合患者としては県に対して、患者の選任した代理人との交渉に応ぜよと要求する権利は認められず、右と同様、県としても患者に対して、代理人の同席なしで、患者本人が交渉に応ぜよと要求する権利はないといわざるを得ないから、予想される県の患者に対する交渉申入れに対応するため、患者の選任した代理人である被告人等が患者の占有する三柏園内に立入留まったとしても、その目的が患者の入院契約上の地位のみについて交渉するものであり、かつその立入、不退去の態様が右交渉目的にそった妥当な範囲内にあると判断される場合である限り正当なものと解することができる。よってこれを本件について考えるに、判示のとおり、患者を含む被告人等の県に対する交渉は差額徴収病床の撤廃、新中央病院六階全部の結核病床への解放を要求することなどを主たる目的としたものであって、これらは直接入院患者の医療契約上の地位とは関係のない、医療行政上の要求事項であることが認められるのでこれをもって正当な交渉目的の範囲内にあったとは、到底解することができず、また被告人等の立入並びに不退去の態様は判示事実のとおりであって、正当な交渉目的にそった妥当な範囲内にある不退去の態様であるとも認め難い。

5  実質的違法性の点につき

住居侵入罪(建造物不退去罪を含めた広い意味での)の保護法益は、その住居等の事実上の平穏であると解することができる。

しかし、三柏園の事実上の占有者即ち住居の平穏の受益者は、第一次的にはその管理者である県と考えられる。前記4に述べた患者の占有利益とは、従来使用していたままの状態で、三柏園の極く限られた一部分(病室等)を使用する利益であって、三柏園全体についての占有利益を有するのではないことは既に述べたとおりである。そして被告人等の判示所為は、この県の三柏園に対して有している建造物の平穏を害する態様での不退去であること判示事実に徴して明らかであるので、優に、可罰的違法性を有するものと認められる。

よって弁護人の主張はいずれも理由がない。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は刑法六条、一三〇条後段、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当する。そこで量刑について考えるに本件は県患同盟の副会長として従前から(1)、結核患者の療養条件の改善向上、(2)、患者及び回復者の生活擁護とその安定向上、(3)、社会保障制度の確立運動の推進などにつき鋭意努力をして来た被告人両名が判示のとおりの三柏園の廃止を前提とする新中央病院の新築、これに伴い結核病床が大幅に減少することを知って、結核医療行政の後退を憂えて、これが防止のため県当局に対して交渉する過程において本件犯行に至ったものであって、その心情には掬すべきものがあるが、その運動並びに交渉の方法態度に硬直化が見られその手段方法を誤ったものである。一方県当局としても判示のような情勢のもとに県立中央病院の統廃合が行われた以上、三柏園の存続を前提とする県患同盟の要求に対し、これに応ずることができなかったことは首肯されるが、本件事件の発生した三柏園廃止の翌日における行動は、これまた硬直性急に過ぎたものといわざるを得ない。警官隊の導入を考えるならば、その前に本件交渉の経緯に鑑み、入院患者を含めて三柏園よりの退去を求める仮処分を得た後更に交渉を進めるなどの計画に余裕があって然るべきものと考える。いずれにしても双方共今一つ互譲の精神をもって具体的妥当な結果を得るよう柔軟な交渉態度がとられたならば本件事件を回避し得たではないかと惜しまれるものである。以上の情状に鑑み所定刑中それぞれ罰金刑を選択し、その金額の範囲内において、被告人両名を各罰金二五〇〇円に処し、被告人等において右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、それぞれ一日、その被告人を労役場に留置することにし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人両名に負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

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